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東京地方裁判所 平成12年(ワ)384号 判決 2000年3月22日

原告

日比野登美雄

被告

中田建材株式会社

右代表者代表取締役

中田博

被告

若杉美比古

右被告ら両名訴訟代理人弁護士

木ノ内建造

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し金二二一万二〇〇〇円及びこれに対する平成九年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事実の概要

一  本件は、被告中田建材株式会社(以下「被告会社」という)に雇用されていた原告が、被告会社の代表者である中田博、被告会社の専務取締役である中田幸雄及び社会保険労務士である被告若杉美比古との間で残業代を除いた一年間の原告の賃金を金五八〇万円とすることを合意したにもかかわらず、被告会社は右の合意を否定して原告が被告会社との間で取り交わしたとされる雇用通知書(書証略)に記載された賃金が約定の賃金であるとして右の合意に係る約定の賃金五八〇万円を支払おうとしないのは被告らによる債務不履行であり、また、仮に本件合意の成立が認められないとしても、第一に、被告会社が公共職業安定所を通じて原告と面接したにもかかわらず、被告会社が原告をして公共職業安定所に掲示した求人票とは異なる内容の雇用契約を締結させるに至ったこと、第二に、試用期間を一四日と定めている被告会社の就業規則七条一項に違反して試用期間を雇用通知書(書証略)において試用期間を三か月としたこと、第三に、見習期間を三か月と定めている被告会社の就業規則七条一項に違反して見習期間という趣旨の試用期間である三か月が経過する時点でさらに三か月延長したこと、第四に、雇用通知書(書証略)に係る雇用契約は被告の就業規則七条から九条までに違反するために労働基準法一三条により無効とされてしまったことは、いずれも被告会社による詐欺に当たるところ、原告は右の債務不履行又は詐欺によって前記合意に係る約定の賃金五八〇万円から既に支払を受けた賃金を控除した残金である金二二一万二〇〇〇円の損害を被っており、被告若杉はこの債務不履行又は詐欺に関与していると主張して、被告らに対し、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づいて金二二一万二〇〇〇円及びこれに対する債務不履行又は不法行為の日である平成九年一二月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  原告は平成九年一二月一日から被告会社において就労を始めたが、被告会社は平成一〇年一〇月二九日付けで原告に対し同人を解雇する旨の意思表示をした(争いがない)。

2  残業代を除いた原告の賃金は、次の(一)から(八)までのとおりであり、その合計は金三五八万八〇〇〇円である(書証略)。

(一) 平成九年一二月分は、基本給が金二三万四〇〇〇円、精皆勤手当が金九〇〇〇円で、合計金二四万三〇〇〇円

(二) 平成一〇年一月分は、基本給が金二二万七五〇〇円、精皆勤手当が金一万八〇〇〇円で、合計金二四万五五〇〇円

(三) 平成一〇年二月分は、基本給が金三一万二〇〇〇円、精皆勤手当が金一万八〇〇〇円で、合計金三三万円

(四) 平成一〇年三月分は、基本給が金二八万六〇〇〇円、精皆勤手当が金一万八〇〇〇円で、合計金三〇万四〇〇〇円

(五) 平成一〇年四月分から同年八月分までは、毎月基本給が金二二万五〇〇〇円、役付手当が四万五〇〇〇円、補助手当が金二万二五〇〇円、精皆勤手当が金一万八〇〇〇円で、合計金三一万〇五〇〇円、総計は金一五五万二五〇〇円

(六) 平成一〇年九月分は、基本給が金二二万五〇〇〇円、役付手当が四万五〇〇〇円、補助手当が金二万二五〇〇円で、合計金二九万二五〇〇円

(七) 平成一〇年一〇月分は、基本給が金二二万五〇〇〇円、役付手当が四万五〇〇〇円、補助手当が金二万二五〇〇円、精皆勤手当が金一万八〇〇〇円で、合計金三一万〇五〇〇円

(八) 平成一〇年八月夏期賞与は、金三一万円

3  被告の就業規則には、次のような定めがある(書証略)

(一) 第七条 従業員として採用された者は、一四日間を試用期間とし、さらに採用の日から三ケ月間の見習期間とする。

二  試用期間を経過した者は本採用とする。

(二) 第八条 雇用期間を定めるときは一ケ年以内とする。但し、更新は妨げない。

(三) 第九条 試用期間中に、会社が不適当と認めた場合は、採用を取り消すこととする。

二  採用の日から一四日を経過した試用期間中の者の採用取消にあたっては、第六三条の規定によることとする。

三  争点(原告の主張は法的に整然と整理されているとはいえず、理解が困難な部分が多々あるが、原告の主張を法的に善解するとすれば、次のとおりであると解される)

1  被告らによる債務不履行の成否について

(一) 原告の主張

原告は平成九年一一月二一日ころの午後に被告若杉と面接し、被告若杉との面接が終わった後に同人の立会いの下に被告会社の代表者である中田博及び被告会社の専務取締役である中田幸雄と面接した。このときに原告は中田博、中田幸雄及び被告若杉との間で残業代を除いた一年間の原告の賃金を金五八〇万円とすることを合意した(以下「本件合意」という)。

ところが、被告会社は本件合意を否定して原告が被告会社との間で取り交わしたとされる雇用通知書(書証略)に記載された賃金が約定の賃金であるとして本件合意に係る約定の賃金五八〇万円を支払おうとせず、被告会社は雇用通知書(書証略)を前提に原告を試用期間中の者と扱った上で、さらに原告の試用期間を延長した後に原告との間で雇用通知書(書証略)を取り交わしているのであって、被告会社の右のような対応は債務不履行であり、原告は被告会社の債務不履行によって本件合意に係る約定の賃金五八〇万円から既に支払を受けた賃金を控除した残金である金二二一万二〇〇〇円の支払が受けられず、同額の損害を被った。

また、被告若杉は本件合意の成立に関与しており、被告会社とともに原告に対する賠償責任を履行すべき地位にある。

そこで、原告は、被告らに対し、債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づいて金二二一万二〇〇〇円及びこれに対する債務不履行の日である平成九年一二月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める(なお、原告は被告会社の前記のような対応を平成九年一二月分の賃金の支払を受けて初めて知ったという前提で同月二五日を遅延損害金の起算日と捉えているように考えられるので、右のように摘示した)。

(二) 被告らの主張

否認ないし争う。

2  被告らによる詐欺の成否について

(一) 原告の主張

仮に本件合意の成立が認められないとしても、第一に、被告会社が公共職業安定所を通じて原告と面接したにもかかわらず、被告会社が原告をして公共職業安定所に掲示した求人票とは異なる内容の雇用契約を締結させるに至ったことは被告会社による原告に対する詐欺であり、第二に、試用期間を一四日と定めている被告会社の就業規則七条一項に違反して試用期間を雇用通知書(書証略)において試用期間を三か月としたことは被告会社による原告に対する詐欺であり、第三に、見習期間を三か月と定めている被告会社の就業規則七条一項に違反して見習期間という趣旨の試用期間である三か月が経過する時点でさらに三か月延長したことは被告会社による原告に対する詐欺であり、第四に、雇用通知書(書証略)に係る雇用契約は被告の就業規則七条から九条までに違反するために労働基準法一三条により無効とされてしまったことは被告会社による原告に対する詐欺であって、原告は右の詐欺によって一年間の原告の賃金を金五八〇万円とする雇用契約を締結することができなかったのであり、右の詐欺によって、金五八〇万円から既に支払を受けた賃金を控除した残金である金二二一万二〇〇〇円の損害を被った。

また、被告若杉は右の詐欺に関与しており、被告会社とともに原告に対する賠償責任を履行すべき地位にある。

そこで、原告は、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づいて金二二一万二〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日である平成九年一二月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 被告らの主張

否認ないし争う。

第三当裁判所の判断

一  争点1(被告らによる債務不履行の成否)について

1  次に掲げる争いのない事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告会社は施工管理責任者を雇い入れる目的で平成九年一一月公共職業安定所に求人手続をした。その求人手続に基づいて公共職業安定所に掲示された求人票には、税込みで基本給は金三五万円から金四五万円、賞与は年二回で計四か月分と書かれていた。この求人票を見た原告は被告会社に就職すれば、年間金五六〇万円から金七二〇万円が支払われると考えていた(被告会社が求人手続をした時期及び目的については争いがなく、その余は書証略、弁論の全趣旨)。

(二) 原告は平成九年一一月二一日ころの午後に被告若杉の面接を受け、被告若杉から被告会社が雇い入れたいと考えているのは現場の施行管理責任者であると言われたので、原告は現場の施工管理責任者としての経験があると答えたが、被告若杉は原告が本当に現場の施工管理責任者としての能力があるのなら年間金五八〇万円を支払ってもよいが、原告が被告会社において実際に働いてみて現場の施行管理者として能力かあるかどうかを確認する必要があり、そのために三か月間の試用期間を設けると述べた。被告会社代表者中田博及び被告会社の専務取締役中田幸雄は被告若杉との面接の後に被告若杉の立会いの下に原告と面接し、とりあえず入社後の三か月間は日給金一万三〇〇〇円で働いてもらうと原告に申し入れ、原告はこれを了承し、同年一二月一日から被告会社において働き始めた。原告は右同日被告会社との間で雇用通知書(書証略)を取り交わした。雇用通知書(書証略)には次のような記載がある。

「1 雇用期間 平成九年一二月一日より平成一〇年二月二八日まで

2  就業場所 本社

3  職種 工事担当(当社の工事全般にわたる業務)

4  就業時間 始業八時〇〇分~終業一七時〇〇分

5  休日 毎日曜日、国民の祝日、および会社の指定した休日

6  給与 給与日額 一三〇〇〇円(税込み)

二三日稼働の場合 二九九〇〇〇円(〃)

皆勤手当(皆勤の場合) 一八〇〇〇円(〃)

計月額 三一七〇〇〇円(〃)

<1> 給与は毎月二〇日に締切り毎月二五日に支給します。皆勤手当は一ヶ月を前後に分けて、それぞれ皆勤の場合は¥九〇〇〇円づつ支給します。

<2>以下省略」

(書証略(一枚目裏四行目から一三行目の「訳です」まで、一三枚目裏七行目から一四枚目表一行目の「いるんですね。」まで)、(書証略)(一項の2、二項の2)、(書証略)(第四項)、弁論の全趣旨)

これに対し、原告は雇用通知書(書証略)の成立を否認しているが、雇用通知書(書証略)中の原告の署名を原告が自署したこと、原告の署名の名下の押印が原告の印章により顕出されたものであることは争いがないから、反証のない限り、民事訴訟法二二八条四項により雇用通知書(書証略)は真正に成立したものと推定されるところ、本件では右の推定を覆すに足りる反証はないから、雇用通知書(書証略)は民事訴訟法二二八条四項により真正に成立したものと認められる。

(三) しかし、原告を実際に働かせてみたところ、原告には現場の施工管理責任者として能力が欠如していたことが判明したため、被告会社としては原告を現場の工事施工管理責任者として雇うことはできないが、工事担当の従業員としてならば雇うことができるという結論に至った。そして、原告が工事担当の従業員として雇うことができるかどうかを見極めるために三か月間の試用期間が満了する時点においてさらに試用期間を延長してすることにし、その旨を原告に伝えた。被告会社は平成一〇年四月に至りようやく原告を工事担当の従業員として正式に雇うことができると判断し、同月二七日原告との間で雇用通知書(書証略)を取り交わした。雇用通知書(書証略)には次のような記載がある。

「1 正従業員となる日 平成一〇年三月二一日より

2 就業場所 本社

3 職種 工事担当(当社の工事全般にわたる業務)

4 就業時間 始業八時〇〇分~終業一七時〇〇分

5 休日 毎日曜日、国民の祝日、および会社の指定した休日

6 給与 基本給 月額 二二五〇〇〇円(税込み)

役付手当 〃 四五〇〇〇円(〃)

補助手当 〃 二二五〇〇円(〃)

皆勤手当 一八〇〇〇円(〃)

(一ヶ月皆勤の場合)

計 月額 三一〇五〇〇円(〃)

<1> 給与は毎月二〇日に締切り毎月二五日に支給します。皆勤手当は一ヶ月を前後に分けて、それぞれ皆勤の場合は¥九〇〇〇円づつ支給します。

<2>以下省略」

(書証略(一枚目裏一三行目の「会社が」から末行の「いる。」まで)、書証略、弁論の全趣旨)

これに対し、原告は雇用通知書(書証略)の成立を否認しているが、雇用通知書(書証略)中の原告の署名を原告が自署したこと、原告の署名の名下の押印が原告の印章により顕出されたものであることは争いがないから、反証のない限り、民事訴訟法二二八条四項により雇用通知書(書証略)は真正に成立したものと推定されるところ、本件では右の推定を覆すに足りる反証はないから、雇用通知書(書証略)は民事訴訟法二二八条四項により真正に成立したものと認められる。

2 1の事実によれば、原告が、平成九年一一月二一日ころに行われた面接の際に、中田幸雄及び被告若杉の立会いの下に、被告会社代表者との間で合意したのは、原告が現場の施工管理責任者としての能力があれば、一年間の原告の賃金を金五八〇万円とするということにすぎないのであり、被告会社が原告を実際に働かせてみたところ、原告には現場の施行管理責任者として能力がないことが判明したので、被告会社は原告を現場の施工管理責任者ではなく工事担当の従業員として雇うことにしたというのであり、原告が被告会社との間で取り交わした二通の雇用通知書(書証略)はいずれも原告を工事担当の従業員として雇うという内容にすぎないのであって、以上の事実によれば、原告と被告会社との間で残業代を除いた一年間の原告の賃金を金五八〇万円とするという合意(本件合意)が成立したことを認めることはできない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の主張に係る被告らによる債務不履行の成立を認めることはできない。

二  争点2(被告らによる詐欺の成否)について

1  原告の主張に係る第一の詐欺について

前記第三の一1の事実によれば、少なくとも本件において被告会社が公共職業安定所に掲示した求人票は雇用契約の申込みの意思表示ではなく、労働者による雇用契約の申込みの誘引にすぎないというべきであるから、被告会社が原告との面接の際に被告会社が公共職業安定所に掲示した求人票とは異なる内容の雇用条件を提示して原告との間で雇用契約を締結したからといって、そのことから直ちに被告会社に詐欺が成立するということはできない。

2  原告の主張に係る第二の詐欺について

被告の就業規則七条一項、九条二項(前記第二の二3)によれば、被告会社においては見習期間という用語は試用期間という趣旨で用いられているものと認められ、そうとすると、被告会社の就業規則は三か月の試用期間を定めているものというべきであって、そうであるとすれば、被告会社には、被告会社の就業規則では試用期間を一四日間しか設定できないのに、原告が被告の就業規則の内容を知らないことを奇貨として三か月の試用期間を設定したという詐欺は成立しない。

3  原告の主張に係る第三の詐欺について

被告の就業規則七条二項が試用期間の経過後は正社員とすることを定めていること(前記第二の二3)からすれば、原告と被告会社との間の雇用契約は解約権留保付の本採用契約であると解されるが、他方において、原告が公共職業安定所の紹介により採用された者であり(前記第三の一1(一)、(二))、採用に当たって慎重な手続がとられていないとみられること(前記第三の一1(二))からすれば、試用期間を延長する合理的な理由があり、かつ、延長される試用期間が有期でその長さが当初の試用期間を超えないものである場合には、たとえ被告会社の就業規則に明文の規定がなくとも、試用期間を延長することは許されるものと解されるところ、前記第三の一1の事実によれば、被告会社が原告の試用期間をさらに延長することには合理的な理由があるというべきであり、また、延長される試用期間の長さも三か月というのであるから、被告会社が原告の試用期間を延長したことには何らの違法もない。被告会社に詐欺は成立しない。

4  原告の主張に係る第四の詐欺

原告が被告との間で締結した雇用契約が被告の就業規則七条から九条までに違反しているということができないことは、以上認定、説示したことから明らかであって、そうであるとすると、雇用通知書(書証略)に係る雇用契約が被告の就業規則七条から九条までに違反するために労働基準法一三条により無効とされてしまったということはできない。したがって、雇用通知書(書証略)に係る雇用契約が被告の就業規則七条から九条までに違反するために労働基準法一三条により無効とされてしまったことによる詐欺という原告の主張はその前提を欠いていることになり、採用できない。

5  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告らによる詐欺の成立を認めることはできない。

三  結論

以上によれば、原告の請求は理由がない。

(裁判官 鈴木正紀)

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